
Chapter 1
「君でしょ? ロジエールちゃん!」
「そうですけど」
快活な声色で話しかけてきたのは、同い年のアルファード・ブラックだった。入学したときから、ブラック家とは思えないその親しみやすさで、同学年以外からも人気を博している。
性格はともかく外見だけはブラック家そのもので、黒髪で、整った顔面をしていた。
快活で、誰とでも打ち解ける性格のせいか、王族のような振る舞いをしている彼ら一族からしたら浮いているようにも見えた。
「あの何のご用でしょうか」
私ここ、通りたいんですけど。さっきからアルファードくんのせいで通れない。汽車が揺れてバランスを崩す。立っていることが難しいほどに。
「おっと」
「すみません」
支えてくれたのはありがたいけど、そもそもお前が通路を塞がなかればこんなことにはならなかったからな。それに距離が近い、早く離れてくれ。
「なにしてるんだこんなところで」
狭い通路で話していたせいだろうか、向こうから誰かやってくるのが見えた。背が高くて、姿勢が良くて、だんだん近づいてくるから次第に顔がよく見える。
アルファードくんとはまた違うタイプのイケメンだ。繊細そうで、でも意志の強そうな雰囲気がある。先生に好かれてるし有名だから話したことはないけれど名前は知っていた――トム・リドル。完璧に見えるけど、たまに純血でもないくせにって陰口を叩かれていることを私は知っている。
アルファードくんが振り返って、リドルくんに笑いかける。
「やだな探してきてあげたんじゃん」
「何の話だ?」
リドルくんは心底嫌がっているような顔をした。眉をひそめて、口を強く閉じる。アルファードくんはヘラヘラしていて、そんなに表情を崩しているのに、2人共美しい顔面をしていた。
「監督生でしょ? トムくんと同じで」
私の胸に輝くPのバッジを指さして言う。
こんな目立つもの、つけたくないのに。そうだ、私は監督生のコンパートメントを探していたんだった。
アルファードくんと違って、いつもは汽車の中を歩き回ったりしないから迷ってしまった。そのせいでちょっと気持ち悪いまである。
「あぁ。ロジエールさん? よろしく」
「どうも……」
リドルくんは爽やかな笑顔で挨拶をする。すごく感じよさそうで、少し安心した。リドルくんは先生からの評判も高く、礼儀正しくて、頭も良くて、だから監督生に選ばれるのは納得しかなかった。
だから、アルファードくんに対する表情や口調には棘があって、なんだか意外。
「なんだよ、じろじろ見るな」
「トムくんが外面を発揮してる! と思って」
外面ってなんだろう、普段からキャラ作ってるってこと、かな? リドルくんは冷静にも小さくため息を吐いただけだった。
「僕はいつでもこんな感じですよ」
「えー、僕にはいつも冷たいじゃん!」
アルファードくんがまた騒ぎ出したが、リドルくんは顔色一つ変えない。
「僕たちはこれから監督生のコンパートメントに行くので」
「なんで肩抱いてるの!?」
「あはは、仲良いんですね」
純血でもないやつに触られるのはシンプルに不快だったのでさらりと身をかわす。リドルくんはアルファードくんほど強引なタイプではないから、難しくなかった。
「ロジエールちゃん、なんか元気ない?」
アルファードくん、顔近い顔。そんなイケメンに見つめられたらさすがにびっくりしちゃうよ。
内心冷静ではいられなかったが、それを表に出すのはさすがに下品なので、私はできるだけ上品そうに、だけど不安そうに下を向いた。
「よかったのかな。私なんかが監督生、とか」
「ディペット校長が決めたんだから間違いないよ」
「そうそう!」
2人はそう言ってフォローしてくれたけど、人柄とか関係なく単純に成績だけで決めたって感じの人選なんですがそれは……。
先が思いやられる。
乙女ゲームみたいな展開
手が届かない。くそう、レポートに必要な資料なのに。台を持ってくるしかないか。
「これか?」
後ろから誰かが本を取ってくれた。振り返ると、黒髪のスリザリン生がこちらを睨んでいる。
「あ、ありがとう」
「お前さ、兄貴の友達だろ」
いきなりそう話しかけられた。シグナスくん、だよね。ブラック家で、アルファードくんの弟。
「友達なんてそんな、アルファードくんはたくさん友達がいるし私なんて……」
「ふーん、おもしれ―女」
脈絡何。歳上に向かってその口の利き方はさすがにどうかと思う。本棚に肘をついて、私の顔を覗き込む。わかるよ、たしかにイケメン。表情はあまり読めず、どこか冷酷な印象さえ与えた。
「あのそんなに顔を近づけないでください」
アルファードくんもそうだけど、距離感バグってるんじゃないの? ブラック家の中でも分家らしいし、だからかな。
たとえば本家の長男として有名なオリオンくんは近寄りがたい雰囲気をしっかりだしている。
「悪い、目が悪くて」
眼鏡をかけろよ。
「ちょっとそこ、いいかな?」
「リドルくん!」
図書館だったから、大声を出さないよう気持ちを抑えるしかなかった。今年は監督生としてリドルくんと関わる機会が増えた。だからだんだん、アルファードくんの言っていた彼の“外面”の意味もわかってきた。
「話があるんだ」
「じゃあまたな、センパイ」
なんなんだアイツ。シグナスくんは正直評判が悪い。先生からも問題児扱いをされているし、実際マグル生まれの生徒に殴りかかったり、とにかく理解できない行動をよくしている。
目付きが悪いせいか、機嫌が悪い日は特に怖がられている。監督生の中でも、課題にされているくらいだ。
とにかく廊下で呪文をかけるのはやめて欲しい、マグル生まれだという理由で生徒を攻撃するのはやりすぎな気もする。彼の場合、主にストレス発散目的というのがタチの悪いところだ。
シグナスくんの姿が見えなくなると、リドルくんは“外面モード”ではなくなった。笑顔は消え、なにを考えているのかわからない。私にも外面発揮して欲しいよぅ。
「話ってなに?」
「ロジエールさんさは、秘密の部屋ってあると思う?」
リドルくんの口から秘密の部屋という名前が出たのは驚きだった。だってあんなの、まだサンタクロースの話をされたほうが現実的だ。
「それって、サラザール・スリザリンの残したって言われてるあれですか? 伝説、迷信、ですよね?」
つまり誰も信じてないってことだ。ホグワーツは散々捜査したみたいだけど、見つからなかったみたいだし。
「こんなこと、ロジエールさんにしか頼めないんだけど」
リドルくんは真剣な表情で私を見つめる。繊細で、仄暗い雰囲気。吸い込まれそうになる赤い眼。
「蛇の形をした蛇口、か、シャワーヘッドとか、ないかな? 監督生用の女子風呂とか、女子トイレとか」
「なんですか、そういう遊びですか?」
宝探しごっこ、みたいなものかな。
「実は僕、秘密の部屋の入口を探してるんだ。もう五年も探してるのに全然見つからなくてさ」
なにそれ、ウケる。
「リドルくんでも冗談言うんだ。今のは少し面白かったかも」
付き合ってみてもいいかな。面白そうじゃん?
「最近シグナスと仲良しみたいじゃん」
「別にそういうわけではないけど」
アルファードくん、あまり人通りの多い場所で話しかけるのはやめて欲しい。
あなたは気にしないかもしれないけれど、周りはあなたのことに興味があるんだよ。誰と話すか、次の彼女は誰にするのか、友達とどんな会話をしているか、とか。
それもこれも彼がブラック家で顔が良く、社交的な性格だからに他ならない。ヴァルヴルガさんやルクレティアさんは美しく、憧れの対象ではあるけれど社交的とはとても言えないし、オリオンくんだって滅多に喋っているところを見たことがない。
「えーつまんない。でも、あいつはもっとつまんない よ。今日だけで何人にいきなり呪いをかけたと思う? あ、殴りかかった数のほうが多いのかな?」
「そういった話は聞きました」
黒板を何枚割ったとか、椅子を何脚壊したとか、罰則も常連だし。というより罰則上等、という感じだ。
クィディッチではもっと酷く、合法的に他人を痛めつけられるからか生き生きしている。目がギラギラしていて、もう3人もの選手を骨折させた、らしい。
「僕にしときなよ。僕のほうが社交的だし、面白いし、目つきも悪くない」
「たしか、グリフィンドールの先輩と付き合ってるんじゃなかった?」
それなのに私に話しかけるなんて、どういう風の吹き回しだろう。だってついこの前まで、ちょっと挨拶をするかしないかくらいの仲だったのに。
「それは二つ前の彼女だよ。いつも向こうから告白してくるくせに、向こうからフるんだぜ。ひどくない?」
アルファードくんは目にかかった前髪をはらりと、どんな肖像画よりも美しく払ってみせた。きっとこれは無意識の行動で、かっこつけようとかそういう意図は全く感じられず、嫌味がなかった。
「えーっとだいたいこれ言わる『アルファードくんって、本当に私のこと好きなのかわかんない!』って。つい昨日も言われた。あいつのために髪型まで変えたってのに」
「大変ですね」
「だからロジエールちゃんとなら、うまくやれるかなって」
馴れ馴れしく肩に手を回す。こんなのが女子にモテるとか、世の中不思議だね。
「お断りします。申し訳ないけど、私にも選ぶ権利があるので――」
「えー、またフラれた」
「アンタ調子乗ってるよね」
誰、だろう。たぶん先輩だ。人通りの少ない場所すぎて、なんだか不安になる。
「何かご用でしょうか?」
他寮の先輩とか、関わりがなさすぎて嫌われる理由も思い当たらない。
「どうしてアルファードくんはこんな女――!」
先輩は情緒不安定なのかわっと泣きだした。さっきまで怒っていたのに、なんか怖い。
「あー、私みたいな地味な女が珍しいんじゃないですか?」
あ、もしかして別れたっていうアルファードくんの元カノ? 自分からフったんじゃなかったっけ。それか、彼はとんでもなく女子に人気だから、ただのファンとか片想いの可能性もあるよね。
「ブラックくんは親戚みたいな感じだし、全然仲良いとかそういうんじゃないです」
私なりの慰めの言葉のつもりだった。だけど取り巻きの先輩方はそうは思ってくれなかったようだ。
「うわー、純血アピールとか引くわ」
「さすがスリザリンって感じ」
彼女たちは口々にそんなことを言ってきたけれど、こっちは全くそんなつもりはない。
「そういうつもりではなくてですね」
純然たる事実を申し上げているだけなんですが。こういうの、なんて言うんだっけ。認知の歪み、論理の飛躍、うーん。
「アルファードくんだって優しくしてあげてるだけでしょ」
「それはそう、でしょうけど。別に私が誰と話してようと良くないですか?」
そう答えると、『生意気』とか『だから友達いないんだよ』とか『いい気になってる』とか、色々言ってきた。
まぁ、別にどう思われてもかまわないけど。
無知という罪
「眼鏡をからかいにきたの? それともニキビ? 私が何したったいうの!?」
えええ、急に何? 私はただトイレに行きたかっただけなんですが。てか誰。
「お邪魔するつもりはなかったんです。泣いてるの?」
ヒステリックなレイブンクロー生だった。たぶん後輩で、外見はお世辞にも良いとは言えない。うつむき加減で、猫背で、恨めしそうな目つきだった。
濡れているのか泣いているのかわからない。丸くて流行遅れのメガネの奥は、もうぐしゃぐしゃだった。
レイブンクローは変人が多くていじめが多いと聞くし、しょうがないのかな。でも他の寮とはいえ泣いてる後輩を放置するのって監督生としてどうなの? とも思って引き返すことはできなかった。
「アンタにはわかんないわよ。成績が良くて、監督生で、純血で、ニキビもなくて、顔がかわいい」
「あ、ありがとう?」
もしかして褒めてくれてる……?
「おまけにイケメンの友達がたくさんいる?」
ハンカチで涙を拭って、初めて笑顔を見せる。矯正器具だらけの歯が顔を出し、彼女が容姿をからかわれる原因がいくつも見つかった。
「イケメン、好きなの?」
なんて返事をしたら良いかよくわからなかった。まぁ、イケメンのこと嫌いな女子なんていないか。
「私マートル、よろしく」
「ロジエールです」
手洗い台の鏡が反射して眩しい。ふと、蛇口に目がいった。
あ、これじゃない? ここだけ蛇の形をしている。
「最近レイブンクローの穢れた血と仲良いみたいじゃないか」
「別に仲良いとかそういうんじゃないけど」
マートルさんとは、たまに会ったらちょっと話すくらいの間柄だ。でもま、穢れた血と会話するなんて怒られてもしょうがないよね。
でもどうしてシグナスくんがそんなこと知ってるんだろう。私が図書館にくるときはいつもここにいるし。私のお気に入りの席のすぐ隣。
「ふーん」
不機嫌そうにしていたが、噂に聞くように椅子を投げたりはしなかった。そもそも、私はシグナスくんが暴れている様子を見たことがない。呪いをかけたり殴りかかったりする相手は穢れた血等と聞いているし、だからかもしれない。
「何話してるんだ」
本棚の間から、リドルくんが顔を出した。いつからいたんだ。難しそうな分厚い本を片手に持っている。
「あ、リドルくん。この前のゲームだけど、三階の玄関ホール側の階段の近くの女子トイレでしょ?」
なにか景品、くれるかな? 軽い気持ちで言ってみただけなのに、リドルくんは持っていた本を落とした。鈍い音が図書館に響く。幸い、あまり人はいなかったので注意されることはなかった。
「それ本当?」
震える指で本を拾い上げて、私のことを真剣な眼差しで見つめる。イケメンに見つめられるの、慣れない。ドギマギしながらも、冷静を装って答える。
「呪文学の教室の近くの……、あれってなにかの意味があるの? そういうゲームでしょ?」
「ありがとう! やっぱり女子用のほうにあったんだ!」
「何の話?」
シグナスくんは一層不機嫌だ。ただでさえ悪い目つきがさらに磨きがかかって、殺意さえ感じる。
「たぶん宝探しゲームみたいな?」
そうだよね、うんたぶんそう。記憶に自信がなくて、心配になってリドルくんのほうを見たら、うんうんと何度も頷いていた。いつものクールなキャラからは、ちょっと想像がつかない。
「そうそう。そうだ、レイブンクローの後輩のことだけど、向こうも迷惑してるんじゃないかな。やっぱりロジエールさんとは住んでる世界も違うしさ」
あぁ、その話。迷惑だったのかな。たしかに、穢れた血と私じゃ、住む世界が違う。
「だよね、学年も寮も違うし。もうやめる」
それにOWL試験も近いしそれどころじゃない。リドルくんはソワソワした様子で立ち上がる。
「どこ行くの?」
いつもの余裕ぶった振る舞いは皆無で、どこか焦っているようにも見えた。あ、トイレに行きたいとか?
「ちょっと、たしかめたいことがあるんだ」
足早に去っていく。こんなに足取りが軽く元気そうなリドルくんは初めて見たかもしれない。
「行っちゃった」
シグナスくんと2人きりなの、少し気まずいな。リドルくんの後ろ姿が消えたのを見届けてからシグナスくんのほうを見ると、物凄い形相で私のことを睨んでいた。
「俺の言うことは聞かないけど、あいつの言うことなら聞くんだ」
「そういうわけじゃ、ないけど」
机に身を乗り出して顔を近づけてくる。眼鏡をかけたらどうかな? 顔が良いからきっと似合うと思うな。マートルさんと違って。
残念なことに、この世にはテストの点数が良いとか、顔が整っているとか、箒が上手いとか、そういう優劣が存在していて、シグナスくんはそのどれもが備わっていた。
「もし俺がアンタの言うこと聞いたら付き合ってくれる?」
「は? 付き合うって……、そういう?」
「デートしてよ」
困ったな。またよく知らない女にいちゃもんをつけられたくない。
ていうかこんなこと言い出すって、私のこと好きってこと!? 本当に視力悪いんだね? とても顔が近いですし。マートルさんじゃないけど、ブラック家特有の整った顔面に思わずときめきそうになる。危ない危ない。
私はできるだけ低く、冷静な声を出すように務めた。
「じゃあ来月罰則ゼロ、とかどうかな?」
絶対達成できないでしょ、これなら。