8:Madripoor Night

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8:Madripoor Night
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Chapter 2

「スティーブ」
と声をかけられたとき寝てしまっていた自分に青ざめた。
 1度ならず2度までも失態を重ねた自分に冷や汗がでた。1度目も2度目も防ぐことができたことをわかっていたからなおのことだ。
「状況は?」
 さながら戦場のような物言いにシャロンは一瞬笑ってしまった。
「任務は無事終了よ。ヒューリーに会ってきて。報告したらもう終わり」
「スタークはどうした?」
 シャロンは少しだけ眉をひそめて、もう一度笑った。
「もう帰ったわよ。どこかで呑んでるんじゃない?」
「くっ」汚い言葉がでるところだった。
 急いで降りてケータイでシステムジャーヴィスに連絡。
「今どこにいる?」
「ケータイはクインジェットのなかです」
 わざと置いていったのだろう。
こうなることを恐れていた。一刻も早く見付けないと取り返しのつかないことになる。執事の方のジャーヴィスに伝えるのが怖かった。システムが頼りだった。
「なんとか探知できないか?」
 夕方のニューヨークに解き放たれた大富豪。SNSの目撃情報でも衛星でもなんでもいい。手がかりが欲しかった。
「チャイナタウンで目撃情報がありました」
 嫌な想像がよぎる。首根っこ掴んででも連れ戻さないとならない。「座標を送ってくれ」
「もう送ってます」
 SNSの目撃情報らしきその場所に向かったが、すでに姿はなかった。指定されたポイントは雑多で道端で男が眠っていた。こんな場所でドレスを着た女が酒を求めてふらふらしていたら、さぞ目立つことだろう。システムに再度聞くと、ある建物を指していて少しだけ安心した。そこはマーティン・リーが設立したチャリティ団体 f.e.a.s.t. がはいっているビルだ。目立つ格好でふらついているのを職員が見つけてくれたのだろう。よくない噂も聞いていたが、とりあえずマーティン・リーに感謝した。
 1階の受付を無視して2階にかけこむ。ベッドが並んだ広間の奥に聞きなれた悲鳴があった。どこにいても目立つ。急いでかけよって肩をつかんだ。
「ナターシャ!」
 こちらを振り向き、またひときわ甲高い声のあと、床にぶちまける嘔吐物。周囲のうんざりした声はスティーブの背中にものしかかる。
「申し訳ない。ホントに申し訳ない」
「まあキャプテンアメリカ」
 そういったのはメイ・パーカーだった。
彼女が面倒を見ている甥っこのことは知っているが知らないことになっている。
「申し訳ないご婦人。彼女を落ち着かせたら掃除もする。いまは少し待っていただけないだろうか」
 ナターシャはもういちど不吉な鳥のような甲高い悲鳴をたてる。気が立っているのはわかってるが、一度にいくつものタスクをこなすには手が足らなかった。それをメイ・パーカーはじめボランティアスタッフはよくわかっていた。追い立てられているものが、なにを欲しているのかもわかっていた。わかっているうえで迎え入れていた。
「猫よ、キャプテン」
「は?」
 意味が分からなかった。メイ・パーカーは少し困ったような笑い方をしていた。
「彼女どうやら道で吐いて、そこに生まれたての猫がいたみたい。自分の嘔吐したものでネコを殺してしまったと思って、うちに駆け込んできたのよ」
 湯船がある奥から別の職員が包んだタオルを持ってきた。大富豪はそれをひったくるように奪って、うずくまって泣き出した。赤いドレスがゲロでまみれていた。
「……」
どこから手をだしていいのか迷っているあいだにメイ・パーカーは首をふった。
「あんなふうに掴んだり怒鳴ったりしてはダメよキャプテン。苦しんでるのは、あたしたちじゃない」
 ボランティアでホームレスや恵まれない人々を支援していたメイたちには自分に見えていないものが見えているのがわかった。だがそれがわからない。わからないことは聞くしかない。
「じゃあ、どうすればいいのだろう?」
 メイたち f.e.a.s.t. の職員たちは、みんな少しだけ笑っていた。
「助けられると思わないことよ」
「……」
 意味が分からない。分かれば苦労はしないと思いながらスティーブは頭をさげた。わけがわからないまま謝った。

 

 f.e.a.s.t. の床の掃除を手伝ってから、気絶した彼女をかかえて帰ってきたときニューヨークは夕方だった。同じ日の夜をもういちど繰り返す。少し眠ったはずなのにスティーブの疲れは昨日より増していた。
執事のジャーヴィスは不機嫌を隠そうともしない。
「なにがあったんです?」
「これを受け取ってくれ」
 渡したタオルのなかに臍の緒がついたままの仔猫が震えている。
「それが死ぬと彼女も死ぬ」
「は?」
 意味が分からなくて当然だ。スティーブにだってわかってない。わかってるのは神経症の面倒は骨が折れるという実感だけだ。マドリプールでの一件をジャーヴィスに話すべきかどうかも判断できない。
「彼女を風呂にいれる」
「ロジャースさまもどうぞ。酷いにおいです」
 戦闘用のスケイルアーマーの隙間に嘔吐物が入り込んでいる。これは洗濯が面倒で、さらにうんざりする。お嬢様のスパンコールドレスはいくらするか知らないが捨ててしまえばいいが、キャプテンアメリカのスケイルアーマーは、そうはいかない。アーマーを脱ぎ捨てクリーニング用の袋にいれてから、彼女のドレスを脱がせて湯船にたたきこむ。メイ・パーカーの言葉が背中に張り付いていたが、ここで見捨てることはできない。重ねた失敗のこともある。タオルに包まれた仔猫だって見捨てたら死ぬだけだ。
 助けられないとしても、助けなくては死んでしまうではないか。
熱いシャワーをあびて、なにをするべきか思案していたときだった脇腹を殴られた。
「出て行って!」
 そのあともなにか言おうとしていたのはわかっていたが、なにぶんスティーブも疲れていた。生意気な小娘のほほを両の手のひらでつかみあげた。メイ・パーカーとジャーヴィスのしかめっつらが浮かんだが無視した。自分の失敗をなすりつけるのは間違っている。わかっていても止められなかった。
「リビングにネコがいる。このままだと死ぬ」
「……」
 追い詰めるべきじゃないとわかっていた。いまの彼女のことを思えば大きい声をだすべきではないこともわかっていた。自分の短慮な判断のせいで苦しんでいる女性を責めるべきじゃない。
 だが効果は覿面だった。湯船で膝をかかえてさめざめと泣く女に背を向けるのは罪悪感があったが正面を見る勇気がなかった。
 黙ってその場を立ち去りジャーヴィスの元に行った。ジャーヴィスの顔にもいくら寝てもはがれない疲れがあった。
「ロジャースさま……」
ジャーヴィスは天を仰いだ。「無理ですよ。お嬢様と生まれたての仔猫の面倒を見るのはとても無理です。ご存知ですか?臍の緒のついている猫は生後2-3日だそうですよ。自分で体温調節もできないうえ、1日8回、2-3時間おきに授乳しなければならないそうですよ」
「いつまで?」
「2-3週間はつきっきりで面倒を見ないとならないそうです」
「そんなにか……」
 スティーブも仔猫の面倒をみてきたことはない。そこまで手間のかかるとは知らなかった。
「だがその猫が死ぬと、彼女もたぶん死ぬ。いま以上に自分を責めて酒もクスリもやめなくなるだろう」
「なんでそんなことに」
 言いたくなるのはわかる。だが背負い込んでしまったものを捨てる勇気もない。
 震えている仔猫を両手でくるんでジャーヴィスが用意した湯たんぽを包んだタオルのうえに置く。小さなネコはにゃーにゃー鳴かない。小鳥のようなぴーぴーとした泣き方をするのをはじめて知った。
「低温やけどを起こすのでときおり体勢を変えるようにとあります」
 ジャーヴィスは本を見ながら言う。手間が無限に増える。加工乳ではなく牛乳を水でうすめて人肌にぬくめてやるらしい。
「これを1日8回するのか?」
「2時間に1回と書いてる本もあります」
 アベンジャーズの任務にS.H.I.E.L.Dの任務、大富豪の夜遊びの尻ぬぐいに加えて生まれたての仔猫の面倒は手に余る。ジャーヴィスに手伝ってもらうとしても、この仕事量は無理な気がした。
その気配を察する。
「嫌なら帰ればいいじゃない」
 濡れた髪を垂らして敵意しかない瞳が2人を見ていた。
「お嬢様……」
「あたしがするわよ、あたしがやればいいんでしょ。別にあんたにやってくれなんて頼んでない」
 メイ・パーカーの声が脳に響いていた。ダメよキャプテン、ダメよ。だがどうにも止まらなかった。
「断る。いまのキミに任せるだと?自分の面倒を見ることができないのになにを言ってる」
「ちゃんとできるわよ、やるわよ!」
「酒をかっくらって寝過ごして凍えて死んだ仔猫を抱いて、また大騒ぎするつもりか。そんな自己満足に巻き込まれて死ぬ命を無視することはできない」
「あなたに頼んでないわっ」
「この仔猫だってキミに頼んでない。うぬぼれるな、自分で救えると思うな。いまのキミにだれが救えるというんだ」
 なにか言おうとする主人をジャーヴィスは手をあげて止めた。
「やめてください。寝たようですので……」
 さっきまでぴーぴー泣いていた仔猫は腹いっぱいミルクを飲んで眠りこけたようだった。
 体温を逃がさないようタオルで包んで執事も息を吐いた。仔猫の寝息だけがリビングに響き、つかの間の安息を腹の底まで吸い込んでからスティーブは頭を下げた。
「すまなかった。言い過ぎた。キミにきついことを言うべきではなかった」
「あなたはいつもそうよ」
「そうだな」
「あたしが1人でやるって言ってるでしょ」
 ジャーヴィスが首をふった。
「無理ですよ。お嬢様には無理です」
「ジャーヴィスまでなによ」
 執事には実感があった。
「 最近仕事でも時間に間に合ったことないでしょう?お嬢様には無理です。お嬢様に任せてしまえば、この灰色の仔猫は明日にでも死んでしまいますよ」
「……」
 スティーブには言い返せるが信用してる執事に言われたら黙るしかなかった。だが見捨てるわけにはいかなかった。3者3様にそれを思っていて、自分の思惑のとおりに事をすすめるのに長けているのは星条旗の男だった。今日の失敗を今日取り返すために、スティーブ・ロジャースは慎重にことをすすめることにした。

 

 胸元で仔猫がぴーぴー泣き出してナターシャは目をさました。
朝だった。
「ジャーヴィス……」
「はいはい」
 アルコールは抜けていたが寝不足のせいで頭がぼんやりしていた。考えなければならないことがたくさんあったはずなのに、なにひとつまとまらないまま朝になっていた。
「キャプテンは?」
「出ていきました」
「役に立たない」
「仔猫にミルクをあげるのはお嬢様より上手です」
 針の抜いた注射器に薄めた牛乳をいれて両手でつつむ。人肌ぐらいぬくくなってから仔猫の口にもっていく。ナターシャはミルクを飲むのが下手な猫だと思ってる。スティーブはそうでもない。
「なんで飲むことに集中してくれないの?」
「体勢が悪いのでは?一旦おしっこのほうを見てみては?」
 ティッシュでしっぽの付け根あたりをぽんぽん叩くと排泄する。ネットにはそう書いてある。仔猫はお腹いっぱいだとミルクを飲まない。
「そっちは上手なんですけどね、お嬢様」
「どっちも上手になるわよ」
「はやめにお願いしますよ。仔猫は本当に弱い生き物みたいですからね」
「わかってる」
 やらなくてはならないことが山ほどある。会社のことも、アベンジャーズのことも、目の前にいる執事のことも考えなくてはいけない。マドリプールの夜のことを考えるだけで吐きそうになる。だがそのすべてが目の前の仔猫で吹き飛んでいってしまっている。目を離すと確実に死んでしまうのだ。アルコールか薬で逃げているあいだに死ぬだろう。そんなことをしたら本当に終わってしまう。
 昨日のスティーブの提案を反芻する。憎たらしいが、それしか道がないような気もしていた。
「ねぇジャーヴィス……」
「いいと思います」
「まだなにも言ってない」
「わかりますよ。お嬢様の考えてることなんて聞かなくてもわかります」
 そういうものだろうと観念する。
子供のときから見てきてくれていた執事にウソをついてバレなかったことがない。どんな周到に用意したウソでもジャーヴィスには通用しなかった。精神感応力なんて必要ない。エドウィン・ジャーヴィスはナターシャの気持ちがわかるのだ。
 ジャーヴィスの目の隈は大半が自分のせいでもあるとナターシャはわかっていた。残りは仔猫のせい。
「ごめんなさい……いままでのこと、ごめんなさい」
 ジャーヴィスにあたるべきではなかった。彼を心配させるべきではなかった。彼の前で死にたいとか言うべきはなかった。そんなことしたら彼が死んでしまう。
 自分の味方は執事しかいない。
「ロジャースさまにも謝ったほうがいいですよ」
「それは嫌」
「まぁいいですけど」
 こんなことに巻き込まれてるのもヒーローなんかやってるからだとジャーヴィスは思ってる。
 大切なお嬢様にヒーローを続けさせるキャプテンアメリカをどうしても許せない。娘を戦場に送ろうとする男を許せるほど広い心は持っていなかった。立ち直らせようとしてくれているとわかっていても許せなかった。
「娘をもつ父親は、そういうものなんだろうな」
とスティーブ・ロジャースも言っている。

 

 ニック・ヒューリーはスティーブ・ロジャースのことがあまり好きではなかった。昔からだ。昔から苦手だった。当時の上司チェスター・フィリップスにも揶揄われた。
「アイツと張り合いたいのなら、あの恰好で戦場に行け」
 心の中でふざけるな、と悪態ついていた。あんなみっともない恰好で出来るか。
 ヒューリーは古くからの英雄を2次大戦当時から面倒な男だと思っていた。汚れ仕事を他人にやらせて、高みで胸をはって称賛を浴びる図々しい男を苦々しく見ていた。ガールフレンドが自分の前で嬉しそうにキャプテンアメリカの話をするのを惨めな気持ちで眺めていたのを昨日のように思い出せる。昨日のことだったかもしれない。
 ヒューリーの目の前にはスタークインダストリーズから来たという社員が恐縮そうに立っていた。部屋にはアベンジャーズの面々もいたし、S.H.I.E.L.Dの職員もいた。この場にキャプテンアメリカがいないことが歯痒い。予想できる事態ではあったが、それがこういうタイミングで起こるとは思ってなかった。
「司令官……」
 ただの会社員がこの空気に耐えられないのはよくわかる。決断を迫られるのだ。わかっている。キャプテンアメリカがいないうちに決めてしまったほうがいいのもわかっている。
 だが司令官は自分の部隊が明日も存続することをわかっていた。このことをスティーブ抜きで判断することは後々の禍根になる。昨日の今日だ。面倒になるのはわかりすぎてる。至急こっちに来るように連絡してるのに返事もない。爺さんはメールを嫌いすぎる。
「ヒューリー、これを無視することはできない。委員会の耳にはいったらS.H.I.E.L.Dの存続にも関わる。彼女が中国のスパイだったなんて」
 男が持ってきた書類とPCには証拠がある。充分な証拠だ。これが委員会に知れたらヒューリーもただではすまない。だがスティーブがここにいたら短慮な判断だと言うだろう。政治的な判断のできない英雄様はこんなことを許さない。それをわかっているだけにヒューリーは判断を先延ばしにした。時間稼ぎだとばかりに書類をぱらぱらとめくった。戦場でもこんなふうにヒーローがあらわれるのを待っていることがあった。そして憎たらしいことに英雄はいつも少し遅れてやってくるのだ。
 扉が開いたとき、安堵と苛立ちが同時に湧いた。
「キャプテン!待っていたんだぞ」
 そして英雄は遅れたことに悪びれもしない。全員が自分を見ていても気まずさもない。照れたりもしない。待たせることも、他人が自分の意見を求めることも当然のような顔をする。それが憎らしくもあるし、頼れると思ってしまう部分でもある。偉そうにしてると偉いように思ってしまう。
「状況は?」
 NYに着いたあと一睡もしてないまま今を迎えているスティーブは不機嫌そうに聞いた。彼はいつも不機嫌そうな顔をしている。
「座ってくれ。聞いてほしいことがある」
「マドリプールのことか?」
「そうだ。なにかおかしなことはなかったか?」
 スティーブはしっかりと正面を見据えてニックを指差して言った。
「もういい。時間がない。言ってやろうか。ナターシャ・スタークにスパイ容疑がかかった。マドリプールで彼女がレッド・スカルとマンダリンと会っていたという映像を見せられたのだろう?そして会社のほうにマンダリンからと思われるメールが来ていて、それに気付いたとかいう有能な社員が急に来られたと、そういうことだろう?」
 怯えた目をした社員が半身ずらしたところでキャプテンアメリカの反応はもっとはやい。スタークインダストリーズの社員の背中にまわり口の中に手を突っ込んだ。アベンジャーズのメンバーやS.H.I.E.L.Dの職員が慌てても関係ない。スティーブ・ロジャースは古い男だ。それと同じようにスカルの古い男だ。敵地に潜らせる男を手ぶらにはすまい。奥歯を引き抜いてニックの方に投げた。と同時に派手な爆発音がして司令官のマホガニーの机には焼け跡が残った。自分の愚かさを忘れないにさせるのにはちょうどいいとスティーブは思った。
 なにか言おうとしてるニックにスティーブは指で制した。
「ポッツ女史に確認した。ナターシャあてのメールを社内の人間が自由に見られるようなことはない。中国からの利益供与があるならもっと市場を広げられてる。この社員は2ヶ月前に子会社から来たが、こんな顔ではない」
 顔を爆発させられる予定だった男をしばりあげる。自殺の道具をあといくつしまってるのかわからない。気絶してるあいだに丸裸にでもしておいたほうがいい。スパイの処遇はスパイに任せればいいとブラックウィドウに押し付けた。
 男に噛まれた手から血がこぼれても気にせずテレビのリモコンをとって電源をつけた。緊急ニュースが流れている。
S.H.I.E.L.Dの戦闘ヘリがスタークビルを攻撃している。驚いたのはヒューリーだ。
「どういうことだ。聞いていない!」
「だろうな」スティーブの声は冷たい。そして厳しい。「こういうことだ。覚えておけヒューリー。S.H.I.E.L.Dはいまこういうことになっている。これがいまのS.H.I.E.L.Dだ。誰のせいでもない。キミのせいで、こういうことになっている」
 スティーブは部屋を出ていく。最初の考えではヒューリーに説教をする時間をとる予定ではなかった。だがそうできる時間ができた。スティーブ・ロジャースには現代で目覚めてから友人ができたからだ。

 
 機関銃を装備したS.H.I.E.L.Dの戦闘ヘリが5台。一斉に放射されては防御壁でも無意味だ。大きな音をたてて崩れた天井が落ちてくる。
アーマーを装着していなくては死ぬところだ。執事に覆いかぶさって嵐のような破壊がおさまるのを待っていた。こうなると予想をつけていても、うんざりする。
「お嬢様……」
「あたしは大丈夫。仔猫は?」
「寝てますな」
「羨ましい」
 どれぐらいの弾を用意してるのか知らない。戦闘ヘリは無限にも思える量の弾をアイアンマンに浴びせている。スティーブから聞いていなければアーマーを瞬時に用意できなかっただろうし、ジャーヴィスに大怪我を負わせていただろう。来ると予想をつけていた襲撃にはそれなりに対処ができる。だが守るものがあるアイアンマンには反撃にでる糸口がなかった。
「あぁもう、さっさとして……」
 次の瞬間だった。
視界を白く照らして、稲光が鳴り響いた。ジャーヴィスは仔猫をしまい込むようにきつく抱きしめて、その執事をアイアンマンもきつく覆った。
 神の雷が戦闘ヘリを直撃する。一基がぐるんぐるんと軸をぶらして隣のビルにぶつかるのを見ないことにした。避難はすんでるはずだが、このあたりの地価が下がることはあらかじめ知っていたとしても止められない。
「もう少しおとなしめにできないの?」
 立ち上がってソーの横に立つアイアンマン。雷神は不機嫌を隠そうともしなかった。
「起きたところだ。注文が多いのはかなわん」
 ソーはハンマーを振り上げてから怪訝そうな表情をする。「聞いていた数と違う。S.H.I.E.L.Dの戦闘ヘリ5基を落とすのではなかったのか?」
「そう聞いてる」
「多いぞ。あれも撃っていいのか?」
 アーマーのなかから確認する。情報照会するまでもなくわかった。
「待って。あれ報道ヘリだわ」
 そう言ったとき銃で撃たれた。隣のビルからスナイパーライフルで撃たれたのだ。点と点がつながったとき、キャプテンアメリカはこのことも想定していたんじゃないかという疑いがよぎった。問いただしたところで「確証がなかったので言わなかった」と言うだけだろう。
アイアンマンの頭部アーマーが床に落ちて跳ねた。
「お嬢様!」
 執事がきっとそう言っただろうと思う。頭がぐらぐらして耳がきんきんする。むち打ちにならないよう首を固定していなければ死んでたかもしれない。
「クソが」
 言ったつもりだが聞こえなかった。まだ耳が仕事をしない。肩を抑えられて、ふらつかずしっかりと立つようケツを叩かれた。
「しっかりしろ。この画は残るぞ」
 時代遅れの爺のくせにインターネットの画像検索を想定してんじゃねぇと叫んだのか、叫んでないのかもわからない。ナターシャは痛む首を支えるので精一杯だった。立ってるだけでも疲れる。アーマーがとてつもなく重い。
 報道ヘリは生放送で撮っている。
キャプテンアメリカと雷神ソーと並び立つアイアンマンを撮っている。テレビで流れているし、おそらくネットも炎上している。アイアンマンの正体がナターシャ・スタークだったことはネットで騒がれるだろう。2-3日で下火になるだろうが事実として画は残る。
 そしてキャプテンアメリカには報道してもらいたいことが、もうひとつあった。ソーに手をだすように合図して、その手に指輪を2つ持たせる。自分が4つ持ってることを見せてから腰のポケットにいれる。
「あんな遠くから指輪が見えるのか?」
「さぁな。だが隣のビルのスナイパーや戦闘ヘリの操縦士や待機しているS.H.I.E.L.D兵は見ただろう。それだけで充分だ」
 マンダリンの指輪がここにはないと見せることができれば上等だ。あとは手順とおり。
「お嬢様、ここに」
 タオルでくるんだ仔猫とタオルやミルクを詰め込んだバックを手渡される。「ゆっくり休んでください。あなたには休息が必要なんです。ずっとずっとそうでした」
 執事の声はナターシャには聞こえなかった。まだ頭と首と耳が痛かった。ずいぶん前から身体中が痛かったことを今知った。
「彼女を頼む」とスティーブはソーに言った。
「キャプテンに頼まれては仕方ない。だが猫のことはわからんぞ」
「その猫が死ぬとナターシャも死ぬ」
「言われてもなぁ」
 耳の調子が戻ったアイアンマンはキャプテンアメリカの胸ぐらをつかむ。
「なにがなんでもジャーヴィスを守って。彼になにかあったら、あなたを許さない」
 昨晩から100回は繰り返したことを、もういちど繰り返す。
「彼のことはわたしに任せろ。キミはキミのことを考えるんだ」
「うるせぇよ」
 雷神に首根っこをつかまれる。
この画もコラージュされてネットで出まわることになるが、それはだいぶ後の話だ。
 ソーはハンマーを天に掲げる。スティーブは盾で執事をかばう。別に死出の別れじゃない。彼女は必ず戻ってくる。それを声にして確認したかった。
「大丈夫だ」
と言った。
 彼女だけじゃない、自分にもかけた言葉だった。ついでにソーにもアベンジャーズにもかけた言葉だ。
 大丈夫。
ひとりでは無理なことも、だれかとなら出来る。
 メイ・パーカーはそういうことを言いたかったのだと今ならわかる。ソーはハンマーで合図を送りアスガルドに旅立ち、キャプテンアメリカは執事と一緒に飛び降りた。
 アベンジャーズだけではできないことなら、他のチームの力を借りればいい。スティーブにははっきりと成すべきことがわかっていた。

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