夜明

What If...? (Cartoon 2021)
M/M
G
夜明
author
Summary
The interaction between the twin stephen strange souls who meet in the world of death, and the comfort and acceptance of the grief left behind.
Note
what if Doctor strange🤍/Doctor strange supreme🖤(白黒)This is a contribution to a project to create a virtual book by people who like stephen strange in Japan.This is a long story in Japanese only, but please bear with me if you like.

 

 

 灰色が支配する空、微かに雲の層が薄い箇所から決して姿を見せる事が無い太陽光のか細い光が砂埃と塵を混ぜ合わせた空気のベールを垂らす。

 地平線まで永遠と伸びる砂の世界。一面に広がる砂漠は私が生きる地球の砂漠とは違い、黄色と暖色が散りばめられた柔らかな砂が恋しくなる。私が見ているここは多次元から見放された流刑地、色など不要な大地の砂がブーツを汚す。地底から響く音と共に砂が舞い上がり、私は口元を抑えようと手を伸ばすより先に赤色の相棒が口元を覆う。

 「すまない。砂まみれにならずに済むよ」

 私の言葉に、ぼろぼろに破れた赤い生地の端が乱れた髪を直す。このクロークは私の相棒では無い。かつて私の背中を覆い、私と共に過ごしたクロークは悪に染まった火に炙られながら裂かれた。

 私の背中で揺れるクロークの持ち主は、この世界に訪れて直ぐに見つけた【スティーブン・ストレンジ】の亡骸から拝借したものだ。幸い、元の持ち主である腐敗した体液の付着は少なく、大きな裂け目も無い。飛行にも充分なくらい状態が良かった。そして、私の姿を視認し息を吹き返したクロークは美しく、私の手を取り新たな主人として私の背中を守る。

 ここは、ワタシであった者達が廃棄される場所。朽ちるのを待つストレンジ達が横たわり砂と灰になり、この無限に広がる砂漠を生み出した。その中を一人と相棒共に歩く。砂の中に埋もれかける私の死骸の腐敗、戦闘で切り落とされた肉体がバラバラに砂の上を散らばる私、骨だけなった私の頭蓋骨の目の窪みを通し砂を食う姿を晒す私。死因は大半が戦死だ。何かしらの戦闘に参加し、そのまま死の抱擁を受けた者しかいないと思われる。そして、私達の死骸は私と異なる服装を多く含んでいた。青い道着がベースのコート姿や、色褪せた襞襟とヨーロッパの錬金術師、腐乱で顔面の肉が爛れ落ちたシャーマン姿の私。これらは、マルチバースで死んだ者達がここに葬られている。私と同じものはいるのだろうか?そして、その私の死因や死骸は。

 頬を相棒が軽く叩く。深く底が見えない思考に誘われた私を呼び起こす優しいタッチが愛らしい。軽く礼を伝え、私は先を急ぐ。ブーツの隙間に入る腐敗した砂を気にする暇はない。この果ても無い集団墓所に、私の探している者はある。どこにそれがあるのかは検討が付かないが、私は此処に必ずあると確信していた。私を形成す魂が震える。動脈が波打つ感覚、神経が脳内を触れる感触。確実に私の目的に近付いている不快感は、乳歯から永久歯に生え替わるむず痒さに似ている。

 もう何年、何百年歩いたのだろうか?もしかしたらまだ数時間かもしれない。永遠に横たわる砂時計の割れた砂で構成された砂漠を微かな確信で歩き続けた私の視界の先に、灰色と砂嵐に削られた柱で構成された建造物を視認した。自然と私の足取りも速くなる。背中にいる相棒も、建造物を認識したのか私の背中を押して足取りを手伝う。黄ばみと灰色が混ざった階段を歩む、荒い表面はこの建造物がいつからここに建っていたのか、誰も豪華な装飾など見ないのに丁寧に重ねられた階段を登った先に目的の建造物が姿を現す。

 四方を元は何の魔術を刻んだのか分からない白くて美しかった柱に囲まれた中に田舎町の小さな教会のような何かが建っていた。窓一つもない、荒い壁に囲まれたそれは一つの鉄の両開きの扉を構えている。周りの柱と違い、肝心の建物は大雑把で宗教価値を考えていないと思えるほど素っ気無い。重たい、そして装飾が剥げたドアノブの冷たさが身体中の神経を震わす。

 分厚い扉の向こう側の空間は何一つ無いカーペットすら敷かれてないひび割れた岩床と天井を支える柱が中央に並んでいた。片手で光源を生み出し辺りを観察する。暗黒で支配された室内は天井まで光が届かない程に高いと目を細めた。光の中で舞う埃、しかし砂漠で漂う腐敗臭はこの空間だけしないのが違和感を覚える。

 この空間は何だ?そもそも私達を廃棄する場所に不釣り合いな建物と、内部は神聖な場所とは程遠い荒れ具合に信仰とは程遠い内装が私の周りを支配する暗闇と同調する。息を呑んで、建物の奥へと進む。丁度、教会なら牧師が教えを説く聖書を置く机があるところに目を凝らす。そこに机など無く、代わりにあるのは石棺が一つとその下から蔓のような白いものが地中から這い出ている。何故、このような物が?危険だと微かに後頭部が引っ掻くような痛みを生み、その反対では前頭葉が私の好奇心をゆっくりと揺らす。肩にかかるクロークも裏地がそわそわと動き、私の考えが伝わったようだ。

 慎重に鎮座している石棺へと近付いて光源をかざす。何も模様も名前も彫られていない蓋、側面も何もレリーフが彫られていない物体は石棺と言うより、ただの石でできた箱のようにも思える。が、その石棺を異質だと本能が唱えるのは石棺の下から溢れる蔦のような物がゆっくりと脈を打っていた。目を細め、暗闇で蠢く蔦を観察すると植物だと思っていた物は表面が薄い水気を纏い、表皮が薄い部分はか細い静脈のような模様が浮かび上がっている。

 「これは生きているのか?」

 影が全てを掌握する、この朽ちた教会内で反響する私の声。白い生命体の一部が脈打つ光景に声が溢れてしまったのは迂闊だった。目の前の植物と誤認していた白い触手がゆっくりと動き始める。ずりずりと荒い岩の床を這う触手の群れがお互いを避けながら石棺の方へと戻っていく。時が巻き戻るような光景に見覚えが有りつつも、その考えを取り除こうと私は軽く頭を横に振る。暫くすると、私の目の前には石棺しか置かれていない。

 沈黙。岩床を擦る風の音。私は防御姿勢を取った。オレンジ色の曼荼羅を両手で展開するのを待っていたのか、石棺は静かに蓋を自ら開ける。蓋が石棺の横に音を立てて落ち、砕け散った。再び訪れる沈黙に強く構え、石棺の中身が敵意を向けてくるのを待つ。石棺から唸る獣のような声に似た風が頬を掠る。私の背中を守るクロークも私の警戒を感じ取り、その時を待っていた。が、幾ら待っても獣が出てくる気配はない、先程まで存在していた白い触手の群れが迫る音すら無い。それどころか、私の耳に入る微かな声のような音は私と同じ音色をしていた。まさかと思い、私は曼荼羅を解き片手でまた光源を作り石棺の中を覗き込んだ。白い触手に覆われた大きな穴が私を覗き込む。底が見えない大穴から聞こえる微かな声と水っぽい物が擦り合う音が響く。

 「ここに居るのか?」

 私の問いに、大穴の周りを埋める白い触手が動く。大穴の先に引き摺り込まれる白い触手達は、私にこの先に目的の者がいると道を切り開いているのか。背中で待機していたクロークも大穴の先を裾で指差す。この先で待つ者が私の声が聞ける相手かすら分からないが、ここに来たのもそれを確認する為だ。私の夢で見た者を。

 大穴に飛び込む。クロークが私を支え、ゆっくりと降下していく。先導するかのように、壁を這う白い触手達が穴の先へ導く。光源は今だに私が行き着く先を照らし出さない。随分と深い所だ。どのくらい経ったのだろうか?そう考えが私の頭に浮かんだ時、壁を這う白い触手達の群れがふっと消えて光源が私の降り立つ所を照らした。湿っぽく白い薄膜に塗れた岩のような場所に降り立つ。ぬちゅっと靴底から踏んではならない嫌悪感が伝わる。ゆっくりと足元を照らし出すと、白い触手の一つを踏んでしまっていた。ぱっと足を上げると、触手は痛みを私に訴えることも無く影へと消えていった。その代わりに、私の耳元で私の声が痛いじゃないかと囁く。声がした方向に瞬間的に曼荼羅を展開した。が、其処には白い薄膜に包まれた肉塊のような群れが存在しているだけで声を発する者の姿が見えない。

 

 「私はそこじゃない」

 

 私の姿を見て揶揄うように、自信を数滴垂らした小さな笑い声と共に私の声が降り注ぐ。私は頭上に光を翳した。光に目を眩ませながらも、暗黒の先に照らし出されたその姿を見て私は息を止める。私にとても似た存在が、人間だったとは分からない存在を従えて鎮座していた。正確にいうと、そこに生えているとでも言えようか。

 「私を見て驚いたのか?上で見慣れたと思ったが」

 私に似た者の声が笑い、自分の姿がどうなっているのかを理解して嘲るように笑うしか無いような乾いた声。暫く、言葉を交わさず私に似た彼を眺める。血の気の無い顔色に、目の周りを囲む青紫色の窪みが一層白い肌を強調した。首から下、彼の胸部から広がる触手と肉塊の束は遥か彼方までこの空間に広がる。そして、唯一彼が人間だったと感じた左腕と左手は下から伸びる黒い柱に突き刺さっていた。貫通した手の傷口から湧き上がるように、黒い柱を包む白い膜と神経を張り巡らす肉の管達が主人を支えている。

 「一体、何が起きたんだ」

 一言、それ以上声を絞り出す事も出来ない光景に私自身が愕然とした。彼が口元だけで笑う。憎らしく、虚しく笑うだけしか出来ないように。彼は再び口元を元に戻す。悲しみも痛みも感じていないその口元は穏やかに水平を保つ。揺らぎがない水面のような彼の表情と、彼を取り囲む肉体の群れと躍動する血管の草原が彼方まで伸びる光景は、彼の顔が浮き上がるように存在を放っていた。

 「この姿になった事か?それとも私がスティーブン・ストレンジの姿をしている事を聞いているのか?」

 「何が起きて、この地面の下で柱に突き刺さっているか?それだけ答えれば良い」

 私の言葉を聞き入れたのか、彼は頭を傾けながら伏せていた両目を開く。その眼は青と金、緑と赤、色と名をつける存在が絶え間無くぶつかり合い混ざり合う。彼と視線を結ぶ。私の脳内を彼の指と皮膚が擦り、青い電流が生み出される。

 

 彼が生み出したのは彼がここに行き着くまでの時の流れ、情景。自分の中の悲しみを抱いて、自らの過ちで壊した宇宙を創造する過程。その過程を施す前に、一つの存在を切り離した。白い世界から一つ放り投げ出された意識は新しく産み直された彼の宇宙の中で漂流する。肉体も持たない意識が徐々に形を成し、青い見慣れた胴衣と姿に形成されていく。そして、彼の宇宙から離れた一つの人間は灰色の空を割り、腐敗した砂と崩壊した残骸が残る地へと落ちていった。

 次に見せられた情景は、白い世界を這う者の姿。黒いクロークを羽織ったその姿は違和感があった。彼は白い世界を這いつくばる。彼には両足、右腕が無い。ただ彼に残されているのは、微かな自我と左腕に伝わる濡れた感覚。白い世界が波立ち、彼の這う動きに合わせて小波が立つ。白い世界の端に辿り着く。そこは何も見えない暗黒の世界が広がる。彼は躊躇わず左腕を白い世界の縁にかけ、手の力の限界まで押し上げた。彼の欠けた身体は白い世界から落ちる。背中に纏ったクロークが彼の小さくなった肉体を包みながら落ちていく。

 彼の肉体は落ちていきながら暗闇を漂う。暗黒に世界を包まれた彼は目を閉じ、ただその流れに身を任せながらクロークの中で丸くなった。まるで小動物が眠っているかのような姿で眠る彼を何処か懐かしさを感じる。同じ顔と、同じ名前、同じ生まれ、同じ運命に繋がれた私達が同じ宇宙を漂うかのような。

 そして、眠っていた彼の頬を黒いクロークが頬を撫でて起こす。左手で暗闇を撫で回すと、彼は荒い岩と砂の地に流れ着いたと理解した。左手で失った身体の傷口を抑えていたクロークを優しく撫でて動かす。胸から下が無いのと、右腕も肩から喪失していた。何故、彼が生きているのかすら断言できないと私にも失った所が痛む感覚に襲われる。彼は此処が何処なのか、微かに見当がついているのか安堵の表情を浮かべていた。背中の黒いクロークが、彼の背から離れる。彼は一言礼を述べ、左手で傷口を広げ始めた。流れる血は赤では無く、白く輝き、暗闇の中を白い小河が何本も伸びて一つの大河にぶつかる。彼は苦痛の表情を浮かべながらも、傷口を広げる行為をやめない。白い体液は次第に血管のように浮き上がり、自我を持つかのように脈動を始める。白い大河はやがて暗闇の空間を支える大樹の幹程まで成長した。

 彼は白い体液から生まれた大樹に支えられ、身体を初めて起こし上げ、左手を頭上に掲げる。掲げた左手の像が揺らぎ、身体と意識を離す。アストラル体、半透明な小さな彼の肉体が暗闇の上を目指し昇る。左腕が地下の天井に触れ、意識を高め地面を通り抜けると私にも見慣れた腐敗した砂の大地が広がっていた。半透明の彼の周りに漂う、腐敗臭を掻き分けこの地が望んでいた地であるという確信を得たのか、砂に埋もれていた私達の亡骸を左手で仰げば、亡骸は白い炎の中で灰になり、風に運ばれていく。

 暫く亡骸を見つけては燃やし、意識の限界が来たのか地下の肉体へと彼の意識は帰っていった。彼が意識を手放していた間も、肉体から流れ出た白い体液達は群れを成して地下へと根を張る。何時間何十時間、どれくらい経ったのかは感じられない彼が形成した地下の生態の中で彼は目を覚ます。彼は地上で感じ取った波長に違和感を持った。だが、白い触手の群れの成長に限界を感じたのか身体を震わす。彼を襲う寒さと触手達の自我が獣の群れのように彼の意識を蝕む。背中から離れていた黒いクロークが寄り添う。背中と左腕を包む柔らかな抱擁が彼の自我を繋ぎ止める。触手達の自我を振り払い、私は最後の左腕を近くに生えていた黒い柱の先に手を置いた。黒い柱は鋭く、柱というより杭と呼んだ方がいい。彼は躊躇わず、その黒い杭の先目掛けて左手を突き刺した。彼が初めてこの地で咆哮を響かせ、地下を揺らす。黒い杭に伝う白い血液はすぐに触手の群れに姿を変え、地下へと伸びていく。

 彼の意識が地上と同調する。白い触手達を神経網として、その捨てられた大地を駆け巡り1つの存在を探し当てた。私だ。私を彼は見つけ出し、横たわる私の肉体に神経、精神を流し込む。そして、私の体から離れていく際に一言。

 

 「わたしを探してみなさい」

 

 彼が与えた光景が終わり、私の目の前には触手の束ねる者として存在する彼が柔らかく微笑んでいた。どうやらこれで彼の物語は語り終えたらしい。

 「彼と呼ばずに、ストレンジと呼んでくれないか?」

 ようやく口を開いて自らの声を発したと思いきや、開口一番に私への苦言なのは私にそっくりだ。眉を顰めながらも私はストレンジに顔を向ける。今迄見せていた光景を纏めると、私はどうやらストレンジの意識の一部のような物ならしい。だが、アストラル体でも無く、肉体がある。意識の一部だが独立しているとも言える状態に両手を見つけていた。

 「答えなど無いさ、ここにいるも飽きた。地上に出て話でもするか」

 ストレンジの身体から白い触手が伸び、私の隣の岩肌に飛び乗る。真っ直ぐに縦に伸びた触手が私と同じ背丈のところでぷつりと切断され、白いぶよぶよとした棒状の肉塊だけが隣に並ぶ。警戒したクロークが私を連れて後ろに飛び上がり、距離を置く。白い肉塊はするりと表面が糸状になり、地面に白い糸の束を広げる。まるで蚕の繭から何かが出てきたような光景を見せつけながら、黒いクロークを羽織ったストレンジが出てきた。頭の先から足の先まで、アストラル体では無く、人間の形をした肉体を持つ姿を自信過剰な笑みを浮かべて両手を広げて驚いたか?と言わんばかりだ。こんな奇妙で構造など考えるより理解したと納得した方が早い事が専門の私達だと分かっているのに、ストレンジはくすくすと笑う。

 「久々にこの身体になったが、上手くいくかは試していなくてな」

 「下手したら、触手の塊になっていたのか?」

 「あれは、あの方が何かと此処を調べるには便利だったのと。力を失った私にはアレを維持するので限界だった」

 ストレンジが視線を送る先に、白い触手の宿主のストレンジが意識が無さそうに此方を見ていた。片眉を上げて軽く鼻で笑うストレンジは自分の姿を見て、何を考えていたのだろうか?自分への醜さ、異形でも生きようと足掻く行為、それともストレンジ自体を。私に視線を戻したストレンジが瞬時に姿が消え、私の隣に浮遊しながら現れる。黒いクロークの縁取りを飾る金色の模様が暗黒の世界を切り裂く光線を残す。ストレンジは私の片手を取り、空いている片手で頭上に印を描く。描かれた印から放物線に光の粒状が流れ出る。

 「お前、何をしている!!」

 「こんなところで立ち話などしたく無い。それに」

 頭上から流れ落ちる光の粒子が私の身体に流れていく。身体に触れた所から、枯れ果てた大地に恵みの雨が染み込むようにストレンジの魔術が身体の隅々に駆け巡る。背中でそわそわと様子を伺っていたクロークにも、魔術は伝わっているのか浮遊する力が強くなるのを感じた。ストレンジの治癒魔術を施され、クロークの裂けた生地も、私の身体の痛みや疲労も抜けていく感覚に心地よさを感じそうなる。が、ストレンジは私を掴んでいた片手を強く握り目を覚させて私を軽く睨む。治癒魔術の雨が止むと頭上にポータルを開き、私の手を掴みながらポータルの向こう側に引き摺り込まれた。

 放り出された先は、石棺が置かれていた教会内部の床に転がされる。クロークごと私は教会の溜まった埃の塊にされ、クロークの美しい赤色が灰色が混じり汚くなった事に文句を言いながら私は埃を払う。肝心のストレンジ本人は、蓋がされた石棺の上に足を組みながらリラックスしていた。立ち話がしたく無いと言ったが、私でもこんな横暴な立ち振る舞いはしないぞと思ったのが伝わったのか、ストレンジは右手で隣に座れと指差す。

 「久々のコミュニケーションでマナーを忘れたのか?」

 「受け身を取れないのが悪い。同じスティーブンとして恥ずべき程だ」

 「いつから名前で呼び合うくらい仲が良いと思ったんだ」

 苦言を一言ずつ言いながら、ストレンジの隣に座る。満足したのか、満面の笑みで私の顔を見るストレンジに背中で微かな寒気が走った。日光を拒絶した白い肌と影に隠れた首筋の青さ。そして私の視線を集めた、ストレンジの目元を静脈の停滞が青と灰色のグラデーションで包む。その奥には、私と同じ色をした青と緑が混ざり合う虹彩が輝いていた。頬骨が浮き上がる窶れた表情を貼り付ける。同じ存在だと言うのを不可思議だと認識する程の変容。

 ストレンジは私の様子に軽い溜息を吐きながら、影が落ちた赤色のローブをたくし上げ、足を組み直しながら両手を膝の上に置き自身の指を絡める。無音の空間に同じ存在が2人並んで座っている宇宙。本来なら存在出来ない世界なのに、ただ静かにこの世界は時が流れていた。

 「何故この世界にいるんだ?」

 私は自然と疑問を口に出した。私達が今いる場所から一歩外に出れば、腐敗した砂漠と私達と同じ者達の骸が転がる世界。そんな世界を何故選んでここに居ると。ストレンジは膝に置いていた両手を解き、両手を広げて見せる。

 「私は自分の宇宙を滅ぼし、元に戻した。だが、私とスティーブンは残されてしまった」

 「私がストレンジの一部なのは理解している」

 「なら、分かるだろう?元に戻した世界の残り物として、不要な者には帰ることが出来ない事も」

 「だから、こんな死骸だらけの土地で身を隠すしかないと?」

 ストレンジは私の言葉に掠れた微笑みを浮かべながら片手で白い炎を浮かべる。ストレンジの手の上で揺らぐ小さな炎を二人で見つめながら声を紡ぐ。

 「スティーブン、私達は全ての宇宙の脅威らしい」

 「ストレンジのような宇宙を粉砕する事ができるからか?」

 「私の悲しみと傲慢の結果だ。そして、再び私の宇宙を元に戻したいと望んだのも」

 ストレンジは目を細めて過去の残痕を思い浮かべ、自分の手上で遊ばせていた白い炎を手放す。ゆっくりと空中を漂う揺らぐ存在を目で追いながらも会話を続ける。

 私達はお互い1つのスティーブン・ストレンジから生み出された。そして、世界も宇宙からも追放され、この地に流れ着いた事。ストレンジはこの宇宙の存在を予め知っており、この宇宙なら自分を消そうとする存在や観測者と呼ばれる者からの監視からも逃れられると大きな賭けをした。そして、私は本来生み出される事が無い事も。

 「この地の亡骸を葬りながら、息をしている者を感じ取った時は驚いた」

 「ストレンジが私を火葬にしなくて良かったよ」

 「私がそんな事するはずが無い」

 ストレンジは指を鳴らす。私達の間に小さなティーセットが姿を現した。話し過ぎて喉の渇きを感じ取ったのか、ストレンジは勝手にお茶を注ぎ始める。腐敗臭しか感じてなかった嗅覚に、華やかな花の香り。自分の死骸の貯蔵庫と化した宇宙で香るお茶の香りに自然と頬を緩める。ストレンジが注ぎ終えたティーカップが浮遊しながら私の手の中に鎮座した。陶器から伝わる温かさは、生まれて初めて母親に抱かれた赤子のように。温かなお茶の香りを口内でゆっくりと味わい、胃の奥に流れていく癒しの流れは、ストレンジが与えた治癒魔術に似ている。

 私は飲み干したティーカップをティーセットに戻す。ストレンジに視線を移すと、空になったティーセットを手に包んだまま何処か遠くを見つめている。私はそっとストレンジの手を上から包み込んだ。自我を戻したストレンジの肩が少し跳ね、私に顔を向ける。灰色のベールを被り青色の虹彩が私を捉え、小さく口を声を出すが小さすぎる私を模した音色は外で荒々しく叫ぶ風の音の前では無力で意味をなさない。ストレンジの手の中にあるティーカップは白い粒子となり消えていく。姿形を無くした空白を手の中に収めるストレンジの手が私の指の温もりを探す。お互いの指と指を絡め、脈拍、神経の交差、指の触感を確かめ合う。

 「私はスティーブンを探していました」

 か細い声で、私の耳元でストレンジが囁く。絡み合った指を解き、白い指先が胸の上のローブを擦る。私も片手をストレンジの胸を撫で、首筋を昇り、顔の輪郭に触れた。手首をくすぐる硬い髭と冷たい肌。触れてみると、見た目以上に頬の肉が無い事に気が付く。頬骨をなぞればストレンジがくすぐったそうに身を捩りながら、私の胸に触れていた手を同じように私の顔に添える。

 お互いの顔を、同じ手、遺伝子情報すら適合するスティーブン・ストレンジに触れて何を感じるのか?ストレンジが私を探していた理由を聞く前に、色褪せた唇に触れた。表皮が乾燥し、ひび割れた唇の下に感じる低い体温に舌を導かれてストレンジの唇をゆっくりと撫でていく。敏感な皮膚を私の体温が伝わるのが心地良いのか、唇越しに震えを味わう。唇のひび割れを全てなぞると、ストレンジが自ら唇を開き私の舌を招いた。舌を絡め合い、舌の奥を掠めると彼から小さな呻き声が上がる。私はそのまま彼の口内を弄り、私達を確認する行為に夢中になった。まるで子供が初めて両親から与えられた玩具を手探りで遊ぶように。

 「スティーブン」

 「嫌なのか?これが」

 「違う、そうでは無い」

 夢中にストレンジを触れる私の手を捕まえ、行為を止められ思わず眉を顰める。ストレンジの唇から離れ、私は彼の肌の高揚を隠しきれない赤色に目を奪われた。首筋にも濡れた光の照かりを纏った肌に顔を埋めたいと、本能を背骨を伝って這い上がる。私の溺死寸前の理性で息を詰まらせたストレンジは私の顔に両手を添えて、目を瞑ってくれと呪文めいた色を吐く。素直に私は彼の言葉に従い、両眼を閉じた。

 ふわりとクロークが身体を持ち上げる感覚とは違う浮遊感。鼓膜に散らつく何か柔らかな物がぶつかり合い擦れ合う水音。ストレンジの両手が私の頬から離れていく冷たさ。私が再び眼を開けて現れた光景は、ストレンジと私を白い膜状の何かに包まれていた。以前の私なら、直ぐにこの生命体のようなドームを破壊できる魔術を両手で展開していただろう。

 眩しすぎない、白く柔らかな光を生み出す内膜と生命活動を必要とする血管の枝葉達が脈動を繰り返す。ストレンジの背中には黒いクロークが消え、白い神経の束が彼の背中から垂れ下がり私達を包む内膜に繋がる。蔦と食道、モニターケーブルと初期型ネットワーク、どれを当て嵌めても彼を表現するには適していると私は微笑む。

 ストレンジの瞳が開く。地下空間を支配する彼のホストと同じ色彩が私を見つめ、微笑みに安堵を浮かべる。

 

 「私の中へようこそ。スティーブン」

 

 彼が私に両手を広げて、再会を喜ぶ恋人のように恥ずかしがる仕草で頭を傾けながら微笑む。少し不器用な口元に不安を残しながらもストレンジは私がここまで委ねた事を喜んでいた。

 「スティーブン・ストレンジの世界か?」

 「私の中にいるのだから、そういう事になる」

 「宇宙を壊しては再生して、今度は荒れ果てた宇宙に花を咲かせたいのか?ストレンジ」

 彼の前まで浮遊する。クロークが無いのに、浮遊する感覚はアストラル体以外に無い感覚だった。肉体がある状態で、漂うのは宇宙飛行士が宇宙船で過ごすのと変わらないのだろうか。ある意味、ここが私達の宇宙船でもある。

 彼は相変わらず不器用に笑う。地上で数秒前に口付けを交わしていたとは思えない程にストレンジは頬を赤く染め、私の視線を逸らしていた。両手を広げていた彼の胸に柔らかく抱き寄せる。背中の神経の束も指で撫でながら、彼の背中を優しく撫でた。ストレンジも私の背に手を回し、細い指で背中を撫で回す。

 この宇宙で、私達を隔てるものは無い。お互いの温もりを感じながら穏やかな時と、白い粒子が舞う。あの粒子達は?と彼に視線で語れば、あれは地上で葬った亡骸に残されたスティーブン・ストレンジ達の思念のようなものだそうだと私に語った。白い結晶が踊るその光景に眼を奪われる。

 ストレンジは、無惨にも残されたこの亡骸達にも私達の世界を与えたかったのだ。スティーブン・ストレンジが癒し手だという根本。私達が失う事を恐れ、脊髄だけになる程ヒーラーとして生きる本能が存在を葬られた者達にも光を与える。柔らかな、人が嫌悪を感じる者すら平等に包む優しさと尽きることの無い慈悲。

 そして、微かなストレンジの悲しみの残り香。

 私はその悲しみの薄膜に嫌悪を感じた。これが私の怒り。私の手がストレンジの背中から首裏、茶色の髪を優しく抱く。そして、私は彼の額に額を重ねた。ストレンジの手も私と同じ動作をする。額を通して私は彼の悲しみに触れ、意識の彼方、宇宙の果てへと飛ぶ。

 

 私の意識がストレンジの導きで、1つの宇宙に降り立つ。そして、目の前に姿を現したその者に私は言葉を失った。

 

 私達を産み出した、悲しみの化身。全ての存在を喰らう獣とかした人間の末路。心亡きスティーブン・ストレンジの残像と対峙する。ストレンジと何一つ変わらない、表情に永遠に続く悲しみを被り、その下には青黒く落ち込んだ目元に浮かぶ狂気が灯っていた。

 あぁ、これが私達の母親。本能がMOTHERなのかと嘆いた。何と苦しみ、痛みに晒された姿をしているんだ。右手に白い指が触れる。私は視線を向けると、ストレンジが母親の姿を前にその表情は苦悩を隠しきれず口元を固く結んでいた。そして、ストレンジは意を決して言葉を発する。

 「私達は貴方の元には帰れません。貴方の作り上げた宇宙は、私達には居場所が無いのです」

 ストレンジの決断を聞き、目の前に浮かぶ母は姿を変える。人間だった母の姿が膨らみ胴着が弾け、背中の黒いクロークは緑の触手の群れと巨大な蝙蝠の羽に変化した。頭からは黒い角を2本生やし、露出した黒い皮膚の表面からはオレンジに発光する目玉の群れがこちらを睨みつけている。最後にドラゴンのような、ワニのような顔面に変形した額から第三の目が開かれた。

 もはや、母は魔物とも呼ぶには余りにも表現し難い生命体へと生まれ変わり、私達に怒りの咆哮をぶち撒ける。何を言っているのかすら聞き取れない、純粋な怒りと悲しみの叫び。その感情の嵐を前に、ストレンジは両手で防御の結界を展開する。私もストレンジと同じ結界を隣で展開した。荒狂う嵐に両手の魔術が削られていくのは電流が腕に走る痛みに変わる。隣のストレンジも痛みを感じているのか、苦しみに表情を歪めたが彼の目からは赤色の炎の流れが湧き出た。まるで、血の涙のような赤をストレンジは両目から流している。

 ストレンジは母の感情を押し返す。頬に流れる、赤色の炎の川が一層光り輝く。その姿に形を知らぬ母は怯み、吐き出し続ける怒りと悲しみの激流が弱まる。私もストレンジの背中を押すように、両腕を蝕む痛みを抑えながら防御結界を押し出す。私達の母であった者が叫ぶ。

 

 「何故、私を拒絶する!!!」

 「私はお前達と同じ、スティーブン・ストレンジそのものだ!」

 「さぁ、私の元へ!私の世界の生ける花と蝶になりなさい!!!」

 

 最早、悲しみから生み出された私達の母は3つの目から黒いタールのような涙を散らしながら叫び続ける弱々しい存在になった。ストレンジの防御結界が母の存在に触れて、オレンジ色の火花が散る。同じく、私の防御結界もオレンジ色の火花を散らしながら母に触れた。私達の防御結界は母を包み込み、苦痛の咆哮を上げるしか無い。何故、こんなにも私達は苦しむのだろうか?私は結界の中に閉じ込められた獣と化した母を見つめ考えた。

 「スティーブン、その答えはもうあるよ」

 ストレンジが息を切らしながら、結界に両手を触れる。小さな檻に閉じ込められた黒い獣の母の姿に、ストレンジは目線を合わせるように目の前に正座をして母と視線を合わせた。唸り声をまだ発する私達のスティーブン・ストレンジに屈する事なく、ストレンジは優しく声を紡ぐ。

 「私達は貴方から生まれ、この死が支配する宇宙に流れ着きました。貴方は新しく産み直した宇宙の夢を見て、私達は死の夢を抱きながら存在し続けます」

 ストレンジの決意。生と死を守る、癒し手の誓いを母に語る。それは、私の思いも乗せてスティーブン・ストレンジに聞かせた別れのような言葉と赦しの言葉の祈り。ストレンジの表情が一体どうなっているのかは私からは見えないが、恐怖に柔らかく慰めるように微笑んでいると感じる。

 長い沈黙が私達に流れていく。啜り泣く声。結界の中の母は涙を流しながら人間の姿に戻り、頭を垂れた。私達に悲しみは無い。そして、怒りも、過去に与えられた四肢を打つ楔も遥か昔に抜けていた。スティーブン・ストレンジは顔を上げ、私達2人を見つめる。黒い涙で白い肌も灰色の層が出来る程汚れ、青色の瞳が柔らかな光を受け輝く。

 「ごめんなさい、私の悲しみが貴方達をこんな所に追放してしまった」

 涙で枯れた声は、私達には子守唄。あぁ、何て温かな感情だろう。ストレンジはその言葉に首を横に振る。

 「ここに来たのは私が選んだからだ。そして、スティーブンは私達の世界の一部」

 ストレンジが私の方を向く。優しげな瞳、そして私を信じる強い意志は私の意識と共に結ばれ、1つになる。

 2つに分かれたスティーブン・ストレンジが1つになるのはこれできっと2回目だ。結界から開放されたスティーブン・ストレンジも静かに見守っていた。悲しみの化身はもうスティーブン・ストレンジには無い。それを悟ったのか、母である私の姿は白い霞に姿を変えた。白い一つの流れが遠くに光り輝く宇宙へと流れていく。望み生まれた、スティーブン・ストレンジは長い夢を見る為に故郷へと帰っていった。

 

 「さぁ、私達も帰りましょう」

 「まだストレンジは山程仕事があるからな」

 「私達はもう1つですよ?それにこんな所にいたら、監視者に見つかってしまう」

 

 私達は自分達の宇宙へと戻った。白い膜の世界に2人のスティーブン・ストレンジが漂う。私はストレンジに近づく。顔をよく見ると少しだけ白すぎる肌に血の色が通い、呼吸も落ち着いてしている。

 「スティーブン。1つ仕事をやってくれないか」

 「今帰ってきたばかりだろ、少し休ませてくれ」

 「ならスティーブン、私の魔力を分ければいい」

 さらりとストレンジは私に挑発と、唇から舌先だけ出してちろりと動かす。私達は傲慢にも程がある。

 ストレンジの唇に唇で答え、舌を絡ませ合う。溢れるストレンジの甘い声と共に身体を寄せ、魔力以外の力も湧き上がるのを私に縋って、細い腰を震わせた。どうやら、ストレンジのお願いを聞く前にお互いの魔力と熱を共有すべきだろう。

 私はストレンジを白い膜のベッドへと押し倒して、1つの意識に繋げた。

 

 死の宇宙は私達には甘く、苦さも生の上で聳え立つ。